2013年02月21日

僕らは噴水の世界で生きているのだ。

昨日、
Collective Dialogueに参加して来ました。

「Collective Dialogue」――社会の課題に、デザイン力を。


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AXIS x IDEO x takramがコラボってstartしたけれども
(↑しかしすごい組み合わせ)主体はあくまで参加者各個人。


デザイナー、議員、ジャーナリスト、Non-profit、学生などなど、、
昨日はおよそ50名の多様なコミュニティに所属している方々と一緒に、
社会issueの解決策を前述のデザインファームで実際に用いら得ている手法を利用して
短時間の中で取り組むというエキサイティングな企画です。


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ちなみにレッドブル協賛 流石わかってらっしゃる!


このワーク中に知ることが出来たmethodはまた後でブログにまとめるとして、
今回ファシリテーターを務めていただいた、鈴木寛さんのお話に
非常に感銘をうけたのでちょっとシェア。

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とはいえ、
鈴木さんの圧巻の話をブログで起こすことは無理なので、エッセンスだけ





僕らの生きている世界ってのは、
もともとインタラクティブで動的に平衡している世界なわけです。

どういうことかというと、例えるならば、噴水。

スクリーンショット 2013-02-21 18.41.57.png


社会には、ある形は存在しているけれども、その形というものは固定的なものではなくて、
流れ続けている(動的)からこそ【形】として成り立っている。
流れそのものが人間が生きる社会の本質であるわけです。
(これって人体も同じ。福岡伸一先生の【動的平衡】 参考まで)


んで、動的であるからこそ世界は不確実性にまみれている。


それでも人は弱い。
本能で不確実なことを避けたいとおもう。
だから何かを切り出したり、型を決めたり(テンプレート化)
つまり流れを止めて固めようとすることで
不確実性からくる不安要素を払拭しようとしたわけです。
(例:いい大学→良い企業→いい人生)


しかし人類の歴史上、不確実生を回避できていた時期は所詮は30年あまり。
逆に確実にしようと本来噴水のように動的なもの(コミュニティ)を凍らせて
本質をみうしなってしまった。
(これが今)


このように近代はカチッとさせる時代だったが、こうした近代から卒業することが

卒近代。

もはや、何が正しいのではなく、
世界は不確実であるという原点に立ち戻ったとも言える。
(不確実なことは当たり前なのだ。)


しかし、近代的な価値観の慣性がまだまだ強い。
不確実、偶発生を含んだ取り組みを排除しようとしている。
前回のブログもこうしたジレンマにぶつかったがゆえに書いた


鈴木さんのような立場の方が、
ロジカルの場、近代の場でそうした慣性を収束させてくれることで
僕ら現場がもっと動きやすくなる状況が作り出せる。


とはいえ不確実を避ける行為をアンチとして見るのではなく、
近代をリスペクトしつつも卒業するためのあり方を目指す。

そのためには、多様な関係性の場で、
小さいtry and errorを繰り返すことが重要なんだろう。

失敗してもいいというか、失敗も成功も含めた


偶発的で不確実な社会の持つ本来の姿


を受け入れるということなのだ。



本当に目からウロコでした。。。



僕らはもともと不確実な流れの中に生きている。



posted by GAP at 18:57 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | from KAKUMA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月19日

明日は【Collective Dialogue】へ

先日申し込みました、
【Collective Dialogue】

デザインとデザイン領域を越えた多彩なテーマをつなぐ共創型の新たなプラットフォーム
いよいよ明日です。
http://urx.nu/3kMD


角間の行動指針になっている
IDEOの思想について触れてきたいと思います。

いつか(とか言っていたら絶対に行けないとはわかってはいますが)
IDEOの中で働く経験を積みたい。憧れの企業です。

報告まで。

posted by GAP at 18:05 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | from KAKUMA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月18日

“同じような立場”というぬるま湯だけに浸からないということ

思えば、、、
任意団体、準備期間入れるとNPO歴3年ほどになって来ました。
苦労話を美談にするつもりはありませんが、誇りを持って動いています。

GrowAsPeople化してから今月でちょうど1年。
ちょっと今日の出来事から思ったことがあるのでつぶやく。






サラリーマンを辞めてから、NPOとして何やっていいかわからない頃もありましたが、
とりあえず知ることから始めないといけないと、受益者の女の子達と
限りなく近い距離感をとっていたことの貯金が
今の動きを支えてくれている気がしています。


この時何人の女の子たちの話を聞いたか。数字を語ることは簡単です。
数字なんていくらでも盛ることだって出来るでしょう。
何人聞いた等の数字のアピールは関係ないのかな思います。
(まあ、数百人はいっていますが)
女の子たちと実際に会って、話を聞いて、


何を感じたのか?
何を思ったのか?



こそが重要なことなのだというと思います。そしてその次に

信頼関係がどうなったか?

があるような気がしています。

この動き方には正直大変なことは多々有りましたが、
本質的な気付きや価値観を形成することが出来た最も重要な時期だったと

自信を持って言えます。

受益者との距離感は言うなれば、
GrowAsPeopleがGrowAsPeopleであるための最も重要で、
他のどんなNPOにも絶対に負けないポイントです。



話は変わって、
今年に入ってからGrowAsPeopleの露出を増やしていこうというスタンスを固めたので
ありがたいことにメディアからの取材も増え、
他のNPOの方々からイベントなどをジョイントする機会も増えて来ました。


昔から仲良くしているNPOの方、新しく何かはじめた方、新たに出会った方、

こうした方と一緒にいることはあたりまえのように話が通じるし、馬が合いやすいし、
何よりお互いに好きだという関係性は気楽なこと。


でも、GrowAsPeopleがやらなければいけないことって、
NPO同士が集まって駄弁ることではありません。

受益者を代弁し、価値を提供しながら、社会に対しても価値を生み出す。

このことだということを忘れてはいけないと思います。


NPO同士だけでで集まっていると、
ある程度無条件にお互いの活動を評価・共感してしまう。
当たり前のことかもしれませんが、この環境にしか身を置かないことって
結構危険なことです。


なぜなら、NPOが取り組む問題やカテゴリーって、
社会がもともと持っていない価値観や視点だったりするわけで。


これって裏を返せば、需給バランスが元々悪い世界とも言えます。
行政・企業や社会にとってはどうでもいいというか、めんどくさいというか。
つまり“押し売りの世界”です。もっというなら

“パンツのゴムひもセールス”

みたいなものになってしまいます。

とにかく押しうるのか?善意にうったえかけて売るのか?
その違いだけで企業側の本音は
「仕方がない」そんな感じでしょう。

だからこそ戦略的な動きや、前提を変えるような取り組みが必要だったりするのです。


このように、受益者だけではなく社会に対し価値を提供しなければいけないNPO、
とはいえなかなか受け入れられない現実は確実に存在している。

そんなNPOにとっては
無条件に受け入れられるといった経験ってまるでモルヒネのようなもの。
一緒にいれば「俺ってすごい!」みたいな錯覚になったりします。


NPOだって社会に対して切り込んでいく存在である以上、
社会に対して平等であるべきなのです。

平等であるためには、
NPOの世界という小さな枠を飛び出し、
電通や博報堂が存在する企業社会になかで自らの価値を示す必要があります。
善意に訴えるだけではなく。


企業・行政・社会側から見た厳しい現実をもっと自己認識して行かなければ
どんどん自己満自慰的組織として固まってしまうのだと思います。


同士の存在は勇気になります。特に凹んだ時。
でも、居心地がいいからとぬるま湯に使ったままではいけない。


NPOだからがパスポートになんてならない、
社会のあたりまえの厳しさに触れて、ぶっ飛ばされて、悔しくて。


厳しいけれどこうした経験ができる環境に身をおいておくことが
NPOを名乗る僕らの責任なのだと思う。
いつまでも甘えていてはいけない。現実は厳しい。

スクリーンショット 2013-02-18 22.50.28.png


だからこそ面白いものです。
















posted by GAP at 23:21 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | from KAKUMA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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